北海道一周ツーリング
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(第3部) 乙部(8月7日)〜横浜(8月15日)
 第3部では、北海道の乙部(おとべ)で北海道内最後の野宿をして、翌日の最終日は江差で北海道初めての海水浴をする。そしてその夜に見た函館の100万ドルの夜景は、北海道ツーリングの最後にふさわしい感動的なものとなりました。深夜の函館港から青函連絡船で午前4時に青森港に到着。早朝走行にて下北半島を北上し、本州最北端の「大間崎」に向かう。何もない最北端でしばらくのんびりした後、バイク組と車組との最終目的地、山形県酒田市へと向かう。酒田は一年前に自動車免許の合宿教習をした思い出の場所。その際知り合った地元の人と2日間に渡って遊ぶことになっていた。この酒田での再会を果たした僕らは、すべての予定されたイベントがここで終了したこともあり、旅の終わりの寂しさに足取りが一気に重くなった。しかし、この旅行の最終日には大変な事故が僕らの行く手に起こるのであった。

 8月12日。僕らの帰路である群馬県の御巣鷹山に、全日空123便のジャンボ機が墜落したのである。500人以上の犠牲者を出した御巣鷹山日航機墜落事故は、救助や報道陣の車の為に周辺道路は、大渋滞となりました。テレビや新聞などを見ていなかった僕らは、その渋滞の意味も知らないまま延々とピクリとも動かない大渋滞に巻き込まれることになったのです。もちろんこの事故のことを知ったのは自宅に着いた後のことでした。

 27日間の大ツーリング。たくさんの人との出会い、すばらしい風景に多くの感動を覚えたこの旅行。けがや事故もなく、はじめから最後まで最高の思い出となりました。北海道は一度行くと何度でもいきたくなる…という言葉はまさしく本当でした
北海道最後の夜は、蚊の大群に襲われた恐怖の夜だった。●北海道最後の夜は最悪だった
楽しかった北海道旅行の最後に僕らを待っていたのは、蚊の大群に教われるという惨事でした。

その夜、明日に控えた函館の100万ドルの夜景を夢見て眠りについた僕らは、耳障りな蚊の飛ぶ羽音に悩まされていた。深夜、異様に響く羽音に目を覚まし、枕元の壁を見てみると、何とそこには蚊の大群がびっしり張り付いていたのです。暑いのに寝袋に首まですっぽり入り、さらに顔中に虫除けスプレーを塗りたくってこれに応戦。しかし、翌朝には寝袋を通して刺された虫さされの後が無数に…
北海道の海を前に「泳ごうぜ!!」●北海道最終日 初めて北海道の海に
北海道の最終日に少しでも多くの思い出を持って帰りたいと考えていた僕らは、右のような写真を撮りながらたった一つやり残していたことを思い出した。
そう、北海道の海に入っていなかったのだ。もちろん水着など持っていなかったが、誰もいない海を見ながらどうにも衝動を抑えきれず、パンツ一枚になって二人は海に飛び込んで行ったのだった。海の家もなく、水道もない海岸で海水を洗い流す手段は無い。このあと海水でベトベトのまま服を着る羽目になった二人だったが、充実した旅行を満喫していた二人にとってそんなことは大したことではなかったのだ。北海道の夏は、夏雲と一緒にこうして過ぎていった。
水着はないが。。。「泳ぎたい」 下着のままで「泳いじゃえ!」
誰も泳いでいない海。感動。 ヘルメットのバックに入道雲。絵になる。。。
函館の連絡船乗り場
函館山に登る前に。下から函館山を見上げる。 背景は100万ドルの夜景。
●北海道最後のイベントはこの函館の夜景だ。
夕方、青函連絡船乗り場で乗船手続きをし、駐車場から見える函館山を望みながら(左上の写真)北海道で出会った人々、風景などを順番に思い出し、また、函館山山頂からこの夜景を見下ろしながら、北海道の思い出に感謝をした夜だった。
初めてみる100万ドルの夜景。すごい。
早朝の青森から北上した本州最北端の「大間崎」。下北半島の恐山で道に迷った際に見た「霊?」
●恐山に迷い込んだ恐怖の一夜…
青函連絡船で午前4時に青森に到着した僕らは、下北半島を北上して本州最北端の「大間崎」へと向かった。大間崎で、白い子犬とたわむれ、これからの帰路について予定を組み直した後、暗くなる前に青森に着きたいと考え、近くのお店で下北半島を南下する近道を尋ね、教えられたカモシカ街道という道を南下した途端、アスファルトだった道がいきなりダートの連続。いつしかその道は車一台がやっと通れるような狭い幅となり、最悪の状況となった。
悪路のあまり、振動でタンデムシートの荷物は落ちるわ、アブに襲われるわ、気が付くとあたりは真っ暗。散々な状況下に置かれた僕らは、恐山のあたりで完全に迷子になり、とうとう、八手観音と十九面相という霊に遭遇することとなったのでした。(右の写真がその時とらえた霊の姿です)←ぉぃ
酒田より少し手前で、あまりの暑さに海水浴。。。 あ〜っ。ジリジリ焼ける。。。
●北海道の最北端で再会した友だちと山形県の酒田市で合流。
この27日間の旅行で、最後のイベントとして予定していたのが、この酒田での合流。一年前の自動車教習所合宿の際に土門記念館前のかき
 氷屋さんでアルバイトをしていたEriちゃんと知り合いになり、この夏の旅行の帰りにみんなで会うことを予定していたのだ。明日の再会を前に夏の男をイメージしてみんなで日焼け大会をすることになった…
明日のEriちゃんとの再会を祝って乾杯。 山形県酒田市の小学校で先生方と記念写真。
階段下で野宿しています。 今年もかき氷屋さんでアルバイトのEriちゃん。
すごい雨。明日は走れるかなぁ。●素敵な再会の後は、悪魔のどしゃ降り。
土門記念館の駐車場で野宿をした僕らは、翌日、近くの小学校で雨宿りし、その学校の先生方にお茶をいただいたりしながら天気の回復を待ち、約束通りEriちゃんと一年ぶりの再会を果たした。このあと、酒田市内の水族館やレストランなどを案内してもらいながら、みんなで一日ドライブをしたのでした。

しかし、Eriちゃんらと分かれた後、雷を伴った大雨に降られ、赤い屋根という喫茶店(上の写真)の階段下に避難させてもらい、そのまま野宿することとなった。(左の写真)
山形の夕陽 海ほたるを見ることはできなかったが、きれいな海だ。
やっぱり水着なしでも泳いじゃおぅ。●酒田でもう一泊することに

旅行最後のイベントだったEriちゃんとの再会を果たした僕らは、酒田への名残を惜しみもう一日、泊まっていくことにした。
酒田では海ぼたるが見られると聞いていたので、夕日が沈んでからもしばらく、十里塚海岸というところで海を眺めていた。しかし、じっとしていられない性格の僕らは、お約束通りパンツ一枚で海に飛び込み、沖まで泳いでいったのでした。
酒田の夜は暑い。 酒田の朝は暑い。
おしんの故郷酒田駅前で、帰路のルート確認。●山形の朝は暑い…
フェーン現象で日本の最高気温を出すことで知られる山形県の夜はとびっきり暑く、この日も33度。SUZUKI君は汗でべたつくのを嫌い、足にシッカロールを塗りまくって足が真っ白になっています。(左上の写真)

朝はベトベトのアツアツ。(上の写真)
最終宿泊も旅館ではなく、野宿。 最後の野宿の学校。
●旅行最後の夜は、六日町中学校でみんなで野宿。
旅行風景1 旅行風景2
母校中央大学正門前に到着。●御巣鷹山の日航機墜落事故だった

この写真の少し前まで、御巣鷹山の日航機墜落事故の影響で、僕らは酷暑の中で渋滞に巻き込まれていた。

この旅行中、ほとんど喫茶店などで食事をしなかったこともあり、TVニュースや新聞などを見る機会がなく、ひどく世間離れした生活をしていた為、あれだけの大きな事故があったにもかかわらず、渋滞の意味するところに気づくことはできなかった。 
出発前に撮った場所で帰ってきた記念写真。
(当社比)
ってどこの会社だよ
●旅の最後はワイルドに…
27日間の旅を終え、横浜に帰ってきた僕らは、出発時にとった場所と同じ位置で記念写真を撮った。旅行前は二人とも色白で軟弱そうに見えたが、様々な状況下での野宿やたくさんの人との出会いを重ね、27日間でちょっとだけワイルドになったような感じにに見える。旅行初日の写真(右)と比べてみて下さい。
川崎港にて。 川崎港にて2
寄せ書き1 ●巨大な寄せ書きは二枚ともいっぱいに

この旅行中に旅先で出会った人に寄せ書きしてもらった「北海道旅行協力スタッフ」と銘々した二枚の布(各2m×1m)。

食堂や喫茶店の店主、最北端のガソリンスタンドの店員、温泉街で知り合った旅行者、自転車でツーリングをしている人、野宿した先の学校の先生、僕ら同様バイクで北海道一周をしていた人、たまたま道を尋ねた人、銭湯の主人…などなど。

僕らの”すばらしい思い出の寄せ書き”といったところである。


●最後に
この旅行記を最後まで見ていただきましてありがとうございました。みなさんも僕らと一緒に旅行をした気分になってもらえたでしょうか?そうだったら良いのですが…
寄せ書き2
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